8月の記事 | 7月の記事 | 6月下旬の記事 | 6月上旬の記事
2004年8月3日(火)
県教育委員会が「事件の報告書」の内容について記者会見
県教育委員会は、
2日文部科学省に提出した「事件の報告書」にもとづいてその内容を記者会見で明らかにした。
現場の教職員らは、加害女児について、「気になる点を感じていたものの、『特異』と受け止めることができなかった」
また「学級内の人間関係のきめ細かな観察・指導は十分になされていたとは言いがたい」と学校側の監督責任を示唆したと、報道されている。
報告書は、大久保小学校の全教職員と他校に移った元担任、前校長の計
17人からの聞き取り内容をまとめたもの。
県教育長は「学校の管理責任」云々というが
なぜこのような事件が、その究明はされなくてはならない。伝えられている県教育長の「学校の管理責任に及ぶかどうかは、まだ調査が必要だ。事件が起きた結果の重さはしっかりと受け止めたい」という談話に考えさせられる。
管理と競争主義を持ち込み、教育基本法の理念にそれる教育行政を進めてきたのは、県教育委員会自身ではないのか。「学校の管理責任」それもあるかもしれない。しかし、その状況を作り出した元凶は県教育委員会、文部科学省にあるのではないのか。そこのおおもとに頬かむりしての談話に大いに異議がある。(
04年8月3日、山下千秋記す)

「池や花壇のある、子どもたちが憩える場所」に
…学習ルーム改修計画
佐世保市教育委員会が議会に経過報告
7月26日、佐世保市教育委員会は、議会に対して学習ルーム改修計画と同計画に対する児童からのアンケート結果を報告しました。
まず工事については、盆前から、業者選定・入札・契約を行い、本明けから工事にかかる。
騒音を伴う工事については、夏休み中に完了するが、その他の工事(防水工事、仕上げ工事など)
は9月中旬までの予定になっている。
また、アンケートについては、
3年生以上、128人の児童に聞いた結果であること。その後PTAとも協議済みであること。アンケートの結果を踏まえて「池や花壇のあるある、子どもたちが楽しく憩える場所」ということで、上記の工事完了後に整備にかかる予定。などとなっています。
家庭での様子把握へ 大久保小保護者にアンケート配布
今後の対応に生かす
佐世保市教委は二十一日までに、小六女児同級生殺害事件が起きた市立大久保小(出崎睿子校長)の児童の家庭での様子を把握するため、全保護者あてにアンケート用紙を配布した。
市教委などによると、アンケートでは、児童らに「夜眠れない」「事件のことばかり考える」など事件の影響と考えられる症状がないか、保護者から見た状態を答えてもらう。「よくある」から「ない」まで五段階で回答する形式で、最後に気付いた点を自由記述する。二十日、児童を通じて渡した。
児童に対しても、自分の状態を再度確認するため、同じ内容のアンケート用紙を配布。同小が二十二日から三十日まで実施する家庭訪問で保護者、児童へのアンケート用紙を回収。医師、臨床心理士、保健師らでつくるケアチームが今後の対応に生かす。
一方、市教委は今月末までに、同小の全教職員十五人を対象に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いがないか調べるため、医師や臨床心理士との個別面談を実施する。(長崎新聞報道22日付報道から)
大久保小学校の事件を悼む (佐世保市HP7月2日更新より)
去る6月1日に大久保小学校で起きた児童殺傷事件で、被害に遭われたご遺族に対しまして衷心より哀悼の意を表しますとともに、亡くなられた御手洗怜美さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
市長に就任して以来、私もさまざまな事件を経験しましたが、この事件ほど衝撃的なものは初めてでした。数日の間、胃に鉛を飲み込んだという表現通りの重苦しい気分で過ごしました。
本市では、平成13年から1年半にわたり「佐世保市の教育を考える市民会議」で今後のあるべき教育を家庭、学校、地域社会という角度から論議していただきました。昨年2月にはその内容を33項目にまとめて提言があり、現在具体的な施策として取り組んでいます。例えば、2学期制導入、少人数学級支援事業などは、より余裕ある学校運営を目指すものです。
しかし一方で、今回のような痛ましい事件に出会うとあらためて教育の難しさを考えざるを得ません。
文部科学省および県教育委員会においても、今回の事件を受け「命を大切にする教育」「学校で安心して学習できる環境づくり」「情報社会の中でのモラルやマナーについての指導のあり方」など、すべての教育課程の見直しを検討していくことも視野に入れているようです。
佐世保市としましても、御手洗怜美さんの死を無にしないよう、本市の教育改革にしっかりと取り組んでまいります。
佐世保市長 光武 顕
佐世保小事件がどのように全国の地方議会で取り上げられているのか
教育のあり方を問いかける佐世保の事件 (鳥取県港境市定岡敏行市議のHPより)
定岡敏行議員
6月18日・一般質問で
定岡市議
佐世保で小学校6年生が友達を殺傷するという痛ましい事件がおきた。文部科学省は「命を大切にする教 育とインターネット使用のモラルを徹底する」と言うが、それですむ問題だろうか。こうした事件が多発
する子ども達のかかえる問題を親の社会が見定めることが大切だ。
多くの親は、果たせなかった自分の夢を託して、良い高校、良い大学、良い企業へと子どもを駆り立て、 学校は子供たちを、点数で輪切りし選別し進路を定め、友達いっぱいできるかな・・・と入学した子ども
達は、過密な授業に、いったんつまずくとドロップアウト。地域社会は、どこの学校に通っている、どこ の大学にいったで、子供たちをみる・・子ども達をめぐる状況を概括すれば、こんなことではないか。
教材研究さえまともに時間が取れない教師も大変だが、わからないままついていかなければならない授 業時間ほど、つらいものはない。入った高校でどうがんばっても、高校名で評価されつづけ、親を見てい
れば、くたびれ果てていて、どうがんばったって、自分の将来もあんなもんだと思えば、いまを楽しんで なにが悪い!となるか、荒れるは当たり前だ。その一方に、親や先生の言うことを良く聞く、いわゆる良
い子がいる。ほんとうは「良い子」であろうと必死の子ども達。親や先生の期待に応えようと必死。でも ほんとうの自分は、そんなじゃないから、いつか爆発・・これが、よく言われる「あの素直で良い子が、
どうして・・」といわれる最近の事件の背景で、現在っ子の、すさまじいほどの悲しい姿だ。
過度な期待や激しい競争、選別のなかで、自己肯定感=親からも友達からも、自分が大切にされている という感情。だからありのままの自分をいとおしく思える感情を奪われている。自分を認められない子が、
他人を認めることなどできっこない。親を敬え、他人を愛せよ、こうあるべきだと言ってみたって、ネッ ト利用のモラルを説いたって、問題が解決するはずもない。
ここをどう取戻すかが一番大切な問題で、子ども達が自分の欲求を自由に安心して出せる人間関係、あ るがままの自分を、無理しなくていいんだよと、そのまま受けとめてくれる環境を、地域に学校に作りあ
げることだ。教育現場のあり方の基本にかかわる問題として、教育長のご見解をお聞きしたい。
池淵教育長
子供たちのより良い成長に大事なことで、自尊感情の低い子へのかかわりかたを職員みんなで話し合った
り安心して過ごせる居場所づくり、子供たちの想いをしっかり受けとめられる教育相談など、さまざまに とりくんでいる。
佐世保事件からなにを学ぶか
(日本共産党大村市議団発行「大村民報」より)
「ゆとり」で温もりある学校づくりを
6月市議会の一般質問で、佐世保の児童殺害事件について、ほとんどの議員が「哀悼」の意を表しました。日本共産党はさらに解決への具体的な一方策を提案しました。
国連の子どもの権利委員会が日本に対し「日本の極度に競争的な教育制度のため子供たちが発達のゆがみにさらされている」と、今年1月に異例の勧告をだしました。日本の子供たちの状況は、国際的にも異常な事態にあることの認識がいま必要です。
姿見えない友人は本物か 顔と顔こそ
今日の子供たちは、身体的な成長に精神的な成長が追いつかず、アンバランスな状態にあると言われています。それに加えあふれんばかりの暴力やセックスなどの情報にさらされています。
パソコンなど相手の顔も見えないままの情報化社会の中で、アンバランスな成長段階によって、現実社会とバーチャル(仮想)社会の区別がつかないことが起こります。
いま、一番大事なことは、人の温もりや息が伝わる生の声が伝わるような、人と人との結びつきを強める、フェイス対フェイスです。
それは「ゆとり」ある人間関係です。子どもたち同士、あるいは子どもと教師の間でもっとも欠けるものです。学校での子どもの親である教師があまりに多忙な現状にあります。
また、教師の「ゆとり」と子ども一人一人の顔が見える少人数学級はどうしても必要です。
2004年7月20日
夢に出てきてうれしかったよ
一緒に修学旅行に行きたかったね
大久保小学校で一学期の終業式とお別れ会
20日、事件のあった大久保小学校では、一学期の終業式と事件の被害者御手洗怜美さんとのお別れ会が開かれました。記者会見行った出崎叡子同小校長によれば、お別れ会では、怜美さんと一緒に登校していた6年生の友人4人が、正面に掲げられた怜美さんの遺影をしっかりと目を向けて時折声を詰まらせながら、よびかけるように「修学旅行一緒に行きたかったね」「笑っている笑顔が思い出される」「夢に出てきてうれしかったよ」「2年ちょっとだけだったけどお友達になれてよかったよ」「天国からおうえんしてね」とけなげにメッセージを送ったといいます。「会」では6年生だけがコーラスで「カントリーロード」を歌い、全児童で、怜美さんの好きだったという「世界はひとつ」を合唱し、最後に全員で黙祷をささげ、怜美さんの冥福を祈りました。
出崎校長は子どもたちへの話のなかで、特に「
18日の怜美さんのお父さんが言われた『あなたたちが目の前からいなくなったら悲しむ人ガいることを決して忘れないでください。そして自分の人生を大切に生きてください』という言葉を忘れないでください」と強調しました。

記者会見する出崎叡子大久保小校長

お別れ会に参加する保護者たち

お別れ会に向かう児童たち

夏休み、下校する子どもたち(大久保小学校)
2004年7月19日
御手洗さんのあいさつ全文(19日新聞報道から)
本日は怜美とのお別れの会に、ご出席いただきありがとうございます。
突然、やってきた「あの日」から
7週間が過ぎようとしています。今も写真を見ていると、怜美が話しかけてきて心が乱れます。それでも区切りが必要です。その気持ちに友人らが応えてくれて、この会を開くことができました。
怜美を直接ご存じない方もいらっしゃると思います。少し思い出話をさせてください。
2年前の春、引っ越し荷物が片付いた日。私は怜美と兄に「学校を見に行こう」と誘い、歩いて大久保小学校に行きました。坂道だったので、怜美はちょっときつそうでしたが、私が「長崎でも200段ぐらいの石段を登ってたじゃないか」と励ますと、怜美はうなずいてくれました。
始業式の前には「友達できるかな」と心配していました。けれど、何日もたたないうちに友達を連れてきました。その日から我が家は、あっという間に女子たちの「遊び場」となりました。
怜美は帰ってくると、会社2階の事務室に大きな声で「ただいまぁ」入ってきますそして、ニコニコしながら私に近づいてきたら友達が来る日です。ゲームや宿題。バレンタインのチョコレートやお菓子作り。うちの夕食を作ってくれたこともありました。なんともにぎやかで楽しい子どもたちでした。
怜美は学校が大好きでした。給食はもちろんですが、やはり、そこに友達がいたからです。みんな本当にありがとう。この
2年間は怜美にとって素敵な大切な時間でした。
妻と私は
3人の子どもを精いっぱい育ててきました。一緒に笑い、一緒に泣きました。叱ったり、ほめたり。突き放したり、励ましたり。3人の基礎は妻が作り上げてくれました。妻の亡き後、私はその基礎を壊さないように必死でした。
母を亡くした時、小学校
3年だった怜美も、最近は私の話し相手をしてくれていました。怜美がこれからどんな道に進むのか。どんな男性を私の前に連れてくるのか。楽しみであり、不安でもありました。それも全てかなわぬことです。でも、怜美との12年間は本当に幸せでした。怜美、ありがとう。
思い出は尽きません。どうすればこの苦しみから立ち直れるのか分かりません。
ただ、あの日の後、友人、先輩、同僚、幼なじみ、そして面識のない方々。本当に多くの方に支えていただき、涙の出るような手紙やメールをいただきました。
今は、怜美と妻に「駄目ねえ、父さんは」と笑われないように、いつの日か必ず次の一歩を踏み出さなければいけないと、言い聞かせています。
最後に、今日来てくれた子どもたちにお願いがあります。あなたたちのすぐそばに、あなたたちを一番愛している人がいることを忘れないでください。死という形でなくても、あなたたちが目の前からいなくなったら悲しむ人がいることを決して忘れないでください。そして自分の人生を大切に生きてください。
今日は皆さん、本当にありがとうございました。
2004年7月18日 御手洗恭二
関係者の話(19日付毎日新聞地域版報道から)
金子源ニ郎長崎県知事の話
大変痛ましい。御手洗さんはあいさつでお嬢さんとの思い出を一言一言語られた。残念に思いながら二度と起こらないようにしたいと思った。1年前の事件の反省を踏まえながら、どうして起こったのか、大きな反省を持って、教育現場とあらゆる検証をしていく。
光武顕佐世保市長の話
国全体が、学校指導を考え直すべきと思う。怜美さんの死を、子育てについてすべての人が考え直す機会にしていきたい。親たちは、御手洗さんの言葉を、心から自分たちの子育てに生かしてほしい。
鶴崎耕一市教育長の話
悲しい。つらい。もう少ししっかり見ていてあげていたら、こんな悲しい結果にならなかったのではと思う。一体、何が起こったのか、ずっと疑問が続いている。御手洗さん(の体調)はまだまだ十分ではないが、思っていたよりはお元気そうなので、それだけは安心しました。
阿比留蔵一大久保小学校教頭の話
今日は私も御手洗さんと偶然会ったんですけど、いろいろ申し上げることはできず、会釈しかできませんでした。お祈りして、その後また、家庭でも学校でもこれからのことにあたっていきたいと思っています。
2004年7月18日(日)
悲しみも新たに、
「命の尊さ」を教える最高の教育集会にもなった
18日、事件から49日忌をかねた大久保小学校少女殺害事件の被害者御手洗怜美さんの「お別れ会」が佐世保市光月町コミュニテイセンターで行われました。
会場には入りきれないほどの大久保小学校児童や保護者をはじめ、一般の方々
800人が参列しました。壇上には怜美さんの教室で写した笑顔の大きな遺影の回りをたくさんのひまわりの花が飾られていました。
最初に全員で黙祷をささげた後、「会」を主催した被害者の父親御手洗恭二さんの友人らを代表して加藤信夫さんがあいさつ。「会は御手洗さんの発案です。二つの意味が込められています。一つは自分自身が新しい一歩をふみだしたいということ。もうひとつは、大久保小学校の児童の皆さんが夏休みを前に区切りをつけてもらいたいことだと思います」と経過を述べたあと、児童に対して「皆さんはお父さんやお母さんにとっては宝物。自分自身を大切にしてください」と訴え、参加者の保護者らに「自己批判も込めて、『自分の子どもだけを囲い込むことだけはしない』親になりましょう」と訴え、さらに教育関係者に対しては「事件究明の結論を急がないでもらいたい。インターネットが原因でしょうか、ささいな子供どうしのいさかいがそれでしょうか。学校に問題はなかったのかどうか。今の教育に問題がなかったのでしょうか」と大きな問いかけを行いました。
次に父親の御手洗恭二さんが「会」参加者にお礼をのべ、この間の思いを淡々と、それだけに父親の悲しみがどれほど深いものだったのか伝わり、場内はすすり泣きや目頭を押さえる状況になりました。
御手洗さんは最後に子どもたちに「あなたたちを一番愛している人がすぐそばにいる。その人がいなくなるとどんなに悲しい思いをするのかということを決して忘れないでください。自分の人生を大切にしてください。お願いします。」と訴えられ、大きな感銘を与えました。
そのあと参列者全員が一人一人、怜美さんの好きだったというひまわりの花を壇上に献花して「会」は終了しました。会主催者は、
2000本のひまわりの花を用意するために花き組合、長崎県内のひまわり生産農家の特別の協力があったことも紹介しました。会場をあとにする参加者らは「いいお別れ会だった」と感想を述べていました。
2004年7月15日(木)
人形劇団「かん」の大久保小学校児童へ励ましの上演が行われました
山さん
今日、大久保小で、上演してきました。
子ども達は、明るく元気で、反応は上々でした。
もっとも、深いところでは、まだまだ、傷は癒されてないと思います。
それでも、大笑いしたり、人形達と一緒になって、
歓声を上げたりして、楽しんだことで、
気持ちが、プラス方向へ、少しは向いたことでしょう。
2004年7月13日(火)
「命は一つしかないんだよ」。小6同級生殺害事件があった佐世保市立大久保小学校で12日、ハープ奏者の池田千鶴子さん(50)による「命の尊さを考えるコンサート」があった。音楽による心理療法・ミュージックセラピーの専門家として知られる池田さんに、児童の心を癒やしてもらおうと市教委などが企画。ホスピスや同時多発テロ後のニューヨーク、阪神大震災後の神戸でも演奏した池田さんは、児童と向き合い、演奏を交えて優しく語りかけた。(毎日新聞報道7月13日から)
2004年7月11日(日)
心の傷いやして市教育委員会、12・13日コンサート企画、15日人形劇鑑賞
人形劇団の善意の上演申し出などが実る
人形劇団「かん」は、大久保小児童らを励ましたいと人形劇上演を申し出ていましたがこのほど実施の運びになりました。
佐世保市教育委員会では、そのほかにハープ奏者池田千鶴子さんによる「命の尊さを考えるコンサート」も計画しています。
池田さんは、アメリカ同時多発テロ後のニューヨークでコンサートを開くなど、ミュージック・セラピストとしても活動。障害児施設やホスピスなどを積極的に訪問、阪神大震災の被災地でもハープの音色で人々の心を優しく包んだ。(毎日新聞
7月11日付け報道から)
ミュージック・セラピーは、音楽で傷ついた心を癒やす心理療法の一つ。 日本共産党山下千秋市議らは、大久保小学校事件直後の「子ども第一の対応を求める」佐世保市教育委員会への申し入れのひとつとして、子どもたちに文化・芸術鑑賞の機会をつくることなども提案を行っていました。(04年6月9日、申し入れ)
人形劇団の申し出文書 佐世保市教育長 殿
大久保小学校で、人形劇の公演を、させてください。
佐世保市立大久保小学校における、今回の事件について、一市民として、又、子どもの文化に、携わってきた者の一人として、痛恨の思いです。
私にできる、唯一のことは、人形劇を子供たちに見てもらい、少しでも、心をなぐさめ、安らかにし、癒してあげることです。
大久保小学校で、人形劇の公演をさせてください。
子供たちも、少しづつ、落ち着きを取り戻しつつあるようですので、今が、一番良い時期ではないかと思い、筆をとりました。よろしく御願いします。
夏休み前には、必ず上演できますよう、御願いいたします。できるだけ早い方が、子ども達の心の傷を取り除けるし、深くしないですむと考えます。
なお、経費は全て、劇団の方で負担させてください。日程の都合がありますので、できるだけ早く連絡を、御願いいたします。(できれば今週中に)
大久保小学校では、一度も上演したことはありませんが、私の人形劇を見たことのある子は、少なからず、いるはずです。市内の小中学校、幼稚園保育所保育園、子ども会、子ども劇場、学童クラブ、育児クラブ、公民館、イベントなど、幅広く活動しております。 上演作品など、こまかいことは、後日、御相談したいと思います。劇団の資料を同封いたしますので、御参照ください。 お忙しい中とは思いますが、1日も早く実現できますよう、御願いいたします。 〒
857-0067 佐世保市神島町7−5 人形劇団かん
TEL 0956-25-7173
e-mail
kan1011@aurora.ocn.ne.jp
URL
http://www8.ocn.ne.jp/~pupetkan/
2004.6.13
2004年7月10日(土)
励ましに応え、18日に「お別れの会」
御手洗さんの代理人が記者会見の要旨
御手洗さんは、これまで怜美さんの友達などからのお参りの要望を断ってきたが、夏休みもひかえ、49日の節目にあわせひとつの区切りをつけることもあり、応えることにした。また、全国から多くの励ましを受けていることもあり、一般の参列も受け入れる意向。
お別れの会は、7月18日、午後2時から、佐世保市コミュニティセンター(同市光月町)
体調が許せば、御手洗さん本人があいさつし、参列者に献花してもらう。
平服での参加を希望。
お供えは辞退する意向。
御手洗さんの手記全文
怜美のいない暮らしも
40日となります。生活のリズムは少しずつできていますが、頭も体も回る日とまったく動けない日が波のように交互に来ています。
「お別れの会」については、怜美を家族だけで見送った後、私の衝撃が大きかったため多くの方々のお参りの申し出を受けられませんでした。しかし、一つの区切りをつけることが必要だと思い、友人の助けを借りて計画しました。
また、親の私の想像以上に怜美は多くの方々から愛されていました。そんな娘のことを、改めて心に刻んでいただける会になれば幸いです。
名称は「お別れの会」ですが、私自身は「お別れ」とは思っていません。私の中ではこれからもずっと怜美は生き続けます。
2004年7月10日
御手洗恭二
2004年7月7日(水)
七夕の日に、下級生が短冊(大久保小学校献花台、7月7日)

なぜ、長崎で相次いでこんな事件が起こるのか「高校教師生活36年の著者が渾身の力を込めて、長崎の一角から教育を崩壊に追いやるものの本質に迫る」小説がすでに5年前に書かれていた。
教育評論家三上満さんは「『生徒をバカにするな!あたしは勉強ならいに学校にきているんだ!』管理と抑圧への反抗から荒れきった学校。崩壊のどん底からさまざまな葛藤を越えて立ち上がる教師群像。青春をはぐくむ学校の限りない可能性を示す感動のドラマがここにある。」と推薦の言葉をおくっておられる。 なぜなのか、この事件の真相に接近し、これからの教訓を得ようとするなら、必読の小説だと、あらためて感じている(山下千秋)  著者紹介 久志 冨士男 1935年長崎県に生まれる。佐賀大学文理学部英語英文科卒業。在学中、学友と佐賀大学文学サークル「佐大文学」を創設。1959年、高校英語教師として、島の分校4年間を皮切りに、夜間定時制14年、商業高校、農業高校などを経験。長崎県高等学校教職員組合執行委員を1年間務める。1996年退職。著書に夜間定時制を舞台にした小説『先生 ご栄転ですか』。日本民主主義文学同盟員。 2004年7月6日(火)
撤去か改装か児童の態度はほぼ同数
被害者の父親の意見「子どもたちの意見を尊重して」にそって、大久保小学校が小学校3年生以上全員を対象にアンケートした結果、撤去してほしい62人、保存してしてほしい63人とほぼ同数であることがわかった。このなかには「被害者の名前にちなんだ部屋として使ったら」という意見もありました。 先行して行われていた保護者の意見は撤去してほしいという意見が7割を占めていました。これらを受けて、佐世保市教育委員会は6日にも最終方針を決める予定です。 久志富士男先生が「大久保小事件」についての感想を再び寄せられました。原文のまま掲載させていただきます。 大久保小(2) 04年7月6日 久志 富士男 先日、犯行に及んだ少女の置かれた状況について私見を述べましたが、今度は少女の心理について述べてみたいと思います。他人の心の中のことですので憶測になってしまいますが、これまで言われてきたことがかなり私の考えと違っていますので、検討の資料にしていただきたいと思い、ここに書く次第です。
金銭目的以外の殺人に至るにはすさまじい怒りがあってはじめてできることです。最近の子どもを取り巻くメデァや社会環境の影響で、ゲーム感覚で殺人に至ったのではないかと言う論に異議があります。ゲーム感覚では友人は殺せません。やはりこの事件は怒りが引き起こしたものだと考えるのです。彼女にその怒りをもたらしたものが何であるか理解できなければ、この事件の真相は明らかにならないと思います。私には彼女の怒りが見える感じがするのです。 私は、負け組みで徹底的にさげすまれ、自尊心を剥ぎ取られ、人間としての感情をなくした集団を30年間扱ってきました。それは戦いの連続でした。戦いの第一の対象は、生徒ではなく、「こいつらは生来クズなのだ」という前提で自分の教育方針を立てている教師たちと「クズ」を作り出した教育体制でした。私の30年は怒りの30年であり、私の書いた小説はその怒りが書かせたものでした。
大久保小の少女は将来自分が「クズ」に選別されるかもしれない岐路に立たされたとき、「クズ」のほうに押しやろうとするものの実体が掴めないまま、怒りだけが膨らみ、その怒りの元として最も身近でよく見える友人に怒りが集中したものと考えます。 この年頃では平均的な家庭にあっては母親の言葉は絶対です。勉強のためにクラブをやめろと言われれば、それに従わざるを得ません。自分の将来のことを考えたらそうするのが当然でもあります。しかしそうすると友人グループからは「ブリッ子」とののしられ、人生を前へ進めるのを阻止されます。彼女としては自分の前に立ちはだかる障害を取り除かなければなりません。 ところがもう一つ問題が発生しました。クラブをやめると「ヒマ」になった、と日記に書いてあるそうですが、この「ヒマ」の意味は一般に使われている意味とは少し違います。生徒たちは「あの先生の社会の授業はヒマかー」などと使います。彼女はクラブをやめて勉強に打ち込もうとしましたが、どうにも歯が立ちません。途方にくれてしまいました。「ヒマ」になってしまったのです。これは深い絶望状態です。
そのような悶々とした日常の中で、自分をあざけり、咎める友人の顔が瞼の裏から消えず、彼女を悩まし続け、どうにかしてその幻影を消したいと考えたに違いありません。「首を胴体から切り離したらその顔はどこかに去っていくかも知れない」とか「切り離すのは難しい。頚動脈を切ったらぐったりなるはず、するともはやあざける顔ではなくなる」などと考えたかもしれません。首を深く切っているそうですが、これは切り落としたい気持ちがあったことを証明しているように思えます。 ところが人を殺すということがどんなことなのか、さらに次の段階としてどんなことになるのかイメージがわきません。それを教えてくれたのがバトルロワイヤルだったのではないでしょうか。これで心の整理ができ、殺人の決心が付きます。彼女は殺人のあと、これで自分は苦しみから逃れることができる、未来が開けてくるに違いないと喜んだことでしょう。 次に子どもたちのグループについて述べてみます。大きく分けると2つの種類のグループがあります。価値観を共有する、お互い対等な関係にあるグループと、内部に上下関係のあるグループです。上下関係のあるグループは競争のあるところに生まれます。競争があると必ず最下位が生まれます。誰も最下位にはなりたくありません。弱い者は「自分は最下位ではない」ということを確認するために更に弱い者をいじめ、「自分はあいつより強いんだ」ということで自分を慰めます。競争のあるところに、いじめは普遍的です。いじめをなくすために「心の教育」などと言って説教をしたところで何の役にも立ちません。いじめられたほうは強い者の配下に入り、自分を護ってもらうことになります。そしてそのグループ内では上下関係が形成されます。一旦このグループが形成されると上位者は下位者をこき使うことができ、数が増えると権威も高まります。一旦入った者が抜けるのを好みません。暴力、あるいは言葉の暴力で抜けるのを阻止します。彼女たちが属していたグループはこの上下関係のあるグループだったようです。このグループを抜け、対等な関係にあるグループのほうに入るためにはボスを倒さなければなりません。 学校での競争は頭の競争ですが、頭で競争できないと体力あるいは胆力での競争ということになります。根源は頭の競争です。問題なのは頭の競争が、テストの点数での競争、最終的には難関校に進学できるかどうかの競争であることです。テストの点数は絶対で、その人の全人格を測る体制になっていることです。テストを作る側のさじ加減が絶対的な権限をもつという体制です。 人間には生まれつき能力の差はあります。しかしその能力は多様なものです。その多様な能力を開発するためには競争も必要です。多様な競争は必要なのです。進学のための学力だけの競争の体制が今度の悲劇を生んだものと思っています。
2004年7月3日(土)
御手洗さんの手記(全文)
種元毅様。手記を読ませていただきました。怜美の事件が重なり、おつらかったのではと思います。私にとっても、これからを考える上で参考にさせていただいたと同時に、読み通すのがつらいものでした。
同じ立場になって分かることがたくさんありました。事件直後、精神的に混乱しているにもかかわらず、さまざまなことを考えなければいけませんでした。ある程度、状況が落ち着いてから、怒りや憎しみ、これからの生活への不安が募ります。 それでも、ここまで無事に過ごすことができたのは、多くの方々の支えがあったからです。 手記で、昨年
9月のわたしの文章に触れられている部分を読んだ時は、驚くと同時に頭を抱えました。実は私は今回の事件の後に、あの文章を読み返していました。そして「あまりに内容が浅い。種元さんの気持ちがわかっていない」と率直に感じていたからです。
でも、今は少し違います。多くの方から激励の手紙をいただきました。泣いている人。怒っている人。さまざまです。最初は「私の気持ちなんか本当に分かるのか」と反発する気持ちもありましたが、今は「なんて優しい人なんだろう」「一緒にないてくれているんだ」と素直に思えるようになりました。ですから、私の文章が少しでも種元様の心の支えになったのであれば本当にうれしく思います。 最近は買い物や食事の準備など少し家事をするようになりました。なるべく生活のリズムをつけるよう心がけています。月命日には整理のため怜美の写真を見ていました。生まれた直後から最近のものまで、いろいろな思い出を振り返っています。 2004年7月3日 御手洗恭二 2004年7月1日(木)
小
6女子児童殺害事件発生後1ヶ月を迎えて(教育長コメント)
平成
16年7月1日
学校という最も安全でなければならない、しかも教育活動の中で発生した大久保小学校での事件は
1ヶ月を経過いたしましたが、今も心に深い傷跡を残しております。
中でも、かけがえのないお子様を失われたお父様をはじめご遺族様のお悲しみはいかばかりかと察しますと今なお断腸の思いであり、心から哀悼の意を表します。
学校を
1日でも早く平穏な生活に戻すため、事件直後から臨床心理士の方などを派遣して子どもたちや先生たちなどの心のケアにあたってもらうと同時に「心のケア相談窓口」を中央公民館に設置し対処してまいっております。
その結果、少しずつ学校に子どもたちの元気な姿が戻りつつあるところです。佐世保市教育委員会といたしましては、今後二度とこのような悲しい事件が起きないように、事件に関しての原因の究明をしていくと共に、「心の教育の更なる充実を図ること」、「一人一人の子どもと向き合うこと」、「子どもの課題を発見し、克服させる指導をすること」などを中心に国・県と一体となって取り組んでまいりたいと考えております。
これからの教育行政には大きく、困難な課題が山積いたしておりますが、この悲しい事件を契機として我が佐世保市から全国に向け「心の教育」や「子どもたちの安全」について発信していくことがわたしたちのやるべきことだと認識しておりますし、そのことが今回の事件を教訓としていくことだと考えております。
大久保小学校の事件発生から
1ヶ月を迎えるにあたり、教育長としての所感といたします。
1ヶ月を迎えて(市長コメント)
市立大久保小学校で発生いたしました痛ましい事件から
1ヶ月が経ちました。
いまなお、被害者御手洗怜美さんのお父様をはじめご遺族の皆様方が、大変つらい日々を過ごされておられますようことを考えますと、お慰めする言葉もございません。あらためて事件の残した傷の大きさを感じているところであります。 さて、事件に関して次第に事実関係が明らかになってまいりましたが、核心の加害者児童の事件を引き起こすこととなった心の動きなどは、まだ解明がなされてません。今後再発防止の取り組みのためにも加害者児童の心理状況をはじめ、事実関係の詳細な分析と解明を望むものであります。 事件後の対応につきましては、教育委員会とも連携をとって、同校に通う児童や保護者の方々の心のケアに対処するなどの施策を行ってきたところでありますが、まだまだ残された課題があることは認識しつつ、一日でも早い平穏な学校生活を取り戻すため、また、事件の再発を防止するための具体的施策について早急に取り組んでまいりたいと存じます。 以上、事件発生から
1ヶ月を迎えますにあたり、市長としての所感といたします。
平成16年7月1日
佐世保市長 光武 顕

1ヶ月経っても教室で給食を食べられない子どもがいることなどを明らかにした教育長、校長の記者会見(7月1日)

献花台前でおまいりする人たち(7月1日、大久保小学校)
|